「なぜ同じように教えているのにあの子には情報が入っていかないのだろう?」
小学校教員時代、筆者が疑問に持ち続けていたことです。
勉強をしている・していないではなく、非常に一生懸命取り組んでいるのに、なぜか頭に入らない。一旦覚えたとしてもすぐに忘れてしまう。そのような子どもたちに出会う度に、ずっと悩みながら教える方法を試行錯誤してきました。
研究をしていく中で、「認知特性」という概念に出会い、「なぜ同じように教えてもインプットに違いがあるのか」という疑問が、少しずつ、少しずつ解明されてきた部分があります。
この記事では、小学校教員を10年勤めた筆者が、「認知特性とは何か」「認知特性を知る診断テスト」「認知特性に応じた学習支援」について解説していきます。
視覚優位・聴覚優位
視覚優位とは、視覚情報があった方が、物事を理解したり、覚えやすかったりする人です。
何も提示せずに言葉だけで説明をするよりも、図、イラスト、文字などを実際に見せて説明をした方が、各段に理解がしやすくなります。
今は、スマホで常に視覚情報に触れている人が多い時代です。人々は、より視覚情報に頼って情報を取得しています。当たり前のように感じてしまいますが、これは視覚優位の人にとって、非常に快適な環境です。
聴覚優位は、音声による情報の方が、物事を理解しやすかったり、覚えやすかったりする人です。
脳には記憶のメモリがあります。これをワーキングメモリといいます。ワーキングメモリは、視空間スケッチパットと、音韻ループがあり、スケッチパットの方が視覚情報の記憶の役割を担っています。音韻ループは聴覚です。
認知特性は遺伝的要素が強く、視覚優位が8~9割、聴覚優位が1~2割程度だと言われています。
その他にも身体感覚優位というものもあります。これは、「あれこれ考えるよりもまずやってみる」「体当たりして失敗から学ぶ」といった気質があり、体で覚えていくタイプです。
ただ、多感覚指導といって、複数の感覚を使った方が記憶に残りやすいという事実も既に分かっています。自分の優位な感覚+他の感覚も使いながら情報をインプットした方が記憶に残りやすいでしょう。
同時処理・継次処理
同時処理・継次処理も、情報を処理しやすい順序や視点を表した認知特性です。
多いのが同時処理。視覚優位と同じように8~9割いると言われています。同時処理には以下のような特徴があります。
❶全体を通して行動することが得意
❷視覚的・運動的な手掛かりが有効
❸曖昧な指示でも動ける
視覚優位と同時処理は相関関係があります。8~9割ですので、ほとんどの子どもは、見通しをもたせて、全体像を示す方が自然と動くことができるはずです。
逆に、曖昧な指示で動けない、理解することができないタイプは継次処理と考えた方がよいでしょう。継次処理の特徴は以下のようになります。
❶聴覚的、言語的な手掛かりが有効
❷時間がかかるがミスが少ない
❸順序だてて仕事をすることが得意
継次処理は聴覚優位と相関関係があります。1つ1つ具体的に指示を出していくと動くことができるタイプです。
ですので、学校のクラスでは、まず全体像を示しながらも、大まかな指示を出し、それでも動くことができない子どもに具体的な指示を出していくイメージです。
また詳しい支援方法は後々紹介していきます。
認知特性を知る診断テスト
認知特性を知る診断テストは様々あります。ここでは、視覚優位・聴覚優位を見分けるテストと、同時処理と継次処理を見分けるテストを1つずつ紹介します。
視覚優位・聴覚優位の診断テスト
ここからは、分かりやすいように、実際の進行手順で解説していきます。まず、中には何も書いていない表を用意します。
今から、この表の中に絵が入っている情報を見せます。皆さんは、何がどこにあるのかを覚えてください。メモを取ってはいけません。ではスタート!
10秒ほど見せたら、最初に見せた何も書いていない表に戻します。
では、どこに何があったのかを、表に文字でよいので書き込んでください。
手元にこの表を用意しておき、書き込む時間を取ります。その後は、まだ正解は見せず、聴覚優位のテストを行っていきます。
今度は、表に数字が割り振ってあります。この数字の順序を覚えてください。この後で、この数字の順序をかくした状態で、「1の1 みかん」「3の2 カレー」といったように声だけで情報を出していきます。「1の1 みかん」と言われたら「『1ー1』の場所がみかんなのだな」と覚えてくださいね。それでは始めます。
前面でスライドや掲示を提示していた場合は、元の何も書いていない表の状態に戻します。
1の1・・・なす、1の4・・・ほうき、2の3・・・りんご、3の2・・・歯ブラシ、4の2・・・犬、4の4・・・バナナ。
聞いている間はメモを取ることはできません。そして、解説用のスライドや掲示をする場合は、最初の数字が記入してある表を見せます。
表で確認しながら、何がどこにあったのかを書き込みましょう。文字でOKです。
全員が表に書き込むのを確認したら、ここからが答え合わせです。
ではここからが答え合わせです。まずは、目で見て覚えたものからです。答えを見せるので、いくつ合っていたか数えてください。
次に、耳で聞いて覚えた方の答え合わせをします。合っていた数を数えてください。
どちらの方が正解が多かったですか。目で見た方が正解が多かったという人は視覚優位です。そして、耳で聞いた方が正解が多かったという人は聴覚優位になります。
筆者は職員研修でこのワークを行い、「自分がどちらだったのか」を挙手で確認しましたが、見事に視覚優位が18人、聴覚優位が2人という、9:1の割合でした。
このワークは職員研修用に使ったものですが、子どもにも使うことができます。
同時処理・継次処理の診断テスト
次も演習形式で解説していきます。同時処理・継次処理のどちらの特性をもっているかを判断できる非常に簡単なテストです。
この図形と同じ図形を紙に書きましょう。
何の紙でもよいので、図形をかきます。大事なのは、図形のきれいさではなく、「手順」ですので、そこまで丁寧にかかなくても大丈夫です。
みなさんは、どのような手順でかかれましたか。この手順によって、同時処理か、継次処理かが分かれます。例えば、次のようなかき方をした人は同時処理です
同時処理の人はこのような特徴をもっています。
次は、継次処理の特性をもつ人のかき方です。
継次処理の特性をもつ人には、このような特徴があります。
しかし、上の2つのかき方のどちらにも当てはまらない人がいます。次のようなかき方です。
このようなかき方の人は「同時処理・継次処理の二刀流」です。かなり割合は低く、天才肌な人物であるとも言われています。
このような認知特性が分かると、「確かに手本を見せるとあの子はいつも動き始めるな」とか「仕事で全体像を先に示してもらった方が考えやすいな」など、お子さんや自分の特徴を把握しやすくなると思います。
自分や子どもの得意を活かし、不得手をカバーする戦略が立てやすくなるのではないでしょうか。
認知特性に応じた学習支援
これまでに「視覚優位」「聴覚優位」「同時処理」「継次処理」の4つの認知特性を紹介しました。全てを網羅しようとしても、気にすべき項目が多すぎて、授業や学習で本来教えたことは何なのかがブレてしまう恐れがあります。
ですので、ここでは、シンプルに5つに絞って、説明していきます。以下の5つです。
◇視覚的な手がかり・・・視覚優位への支援
◇聴覚的な手がかり・・・聴覚優位への支援
◇全体像を示す・・・同時処理への支援
◇順序立てて示す・・・継次処理への支援
◇手本の例示・・・視覚優位・聴覚優位・継次処理への支援
これらの5つの支援を毎回の授業や学習で、考え、準備をするのは大変な労力です。しかし、最初に分かりやすく説明し、疑問に思ったり、不安要素を除いたりすることができれば、漏れがなくなります。これを「一次支援」といいます。
すると、助けなく、自立して進めることができる子どもが増え、結果的に本当に個別で支援が必要な子どもに注ぎ込むことができます。これが「二次支援」です。
逆に、最初の説明をいい加減にしたり、特性に配慮せずに行ってしまうと、いざ個別で作業を進めるという段階になったときに、「分からない」という子どもが大量発生します。結果的に、個別の支援が間に合わず、本来の目標まで到達出出来ず、補修をしたり、時間を延長したりすることになります。
支援者にとっても、子どもにとっても、より労力が大きくなるという結果になってしまうのです。だからこそ、事前の準備をすることが大切になります。
ここからは、それぞれの支援の視点の代表的な方法を幾つか紹介します。
視覚的な手がかり
❶イラストや絵を用いて説明する
❷ホワイトボードにプロジェクターでデジタル教科書や、今見ている資料を拡大して見せる
❸手順などを言葉だけで説明するのではなく、文字で書いておく
とにかく、万能なのは、プロジェクターで常に前面投影しておくことです。近年はタブレットの普及もあり、学校にデジタル教科書が導入されています。
デジタル教科書なら、特に準備もいらないので、常に「どこのページをやっているのか」「どの問題をやっているのか」を提示しておくだけで、8~9割の子どもが漏れなくついてくることができます。
聴覚的な手がかり
❶短い言葉、短時間で説明をする
❷教科書にある文章、テストの文章なども支援者が必ず範読する
聴覚的な手がかりは、とにかく「言葉を短くする」ということが一番大切です。大抵の場合は、何事も言葉で説明をするので、聴覚的な支援は行っているように思えます。
しかし、聴覚優位+継次処理(この2つの認知特性は相関性が高い)の組み合わせをもつ子どもは、往々にしてワーキングメモリが低いことが多いです。
ですので、話が長いと、「何が大切なことなのか」、「今から何をするのか」を見失ってしまいます。普段から、一文一義で話したり、書いたりすると、自然を短く、分かりやすい言葉で話すことができるようになります。
全体像を示す/順序立てて示す
この2つは同時に行っていくとやりやすいです。例えば、図工の学習を例に挙げて説明します。
❶まずは、今日の学習の内容を話し、完成した作品の手本を見せる(全体像)
❷完成までの手順を黒板やホワイトボードに箇条書きにして説明する(全体像)
❸「では1つ1つの手順通り進めていきます。まずは、1つ目、赤の画用紙を出してください。」と1つずつやることを確認して進める(順序立て)
といった具合にです。低学年ならこのように進め、高学年であれば各々進めさせて、迷っている子どもに支援に入るようにすればよいでしょう。
手本を示す
手本は配慮を要する子どもに対する支援の中でも「万能薬」と呼べるほど、全ての特性に効果を発揮します。
例えば、作文の学習。これは、「一から文章を作りなさい」「自分で考えて作りなさい」と子どもに伝えても、「何から始めればよいのか」「何を書けばよいのか」が思いつかない子どもは、全く動けません。
そこで、構成表や本番の作文両方の手本を用意します。
手本があれば、「分からない人は手本を参考にしてください。どうしても難しいという人は、手本の真似をしながら、少し自分だけの文章に変えてみるというやり方でも構いません。」と伝えることができます。
その上で、「〇〇の工夫ができたらAA」「2ページ以上書けたらAA」などと評価項目を述べておくと、「何を書くか分からない」と言っていた子どもが、2ページ3ページと書くことがあります。
「書くことが明確」であり、「書式も手本を見れば確認できる」という安心感から、意欲が生まれ、「自分の工夫を入れよう」として、結果的に成長していくことができるのです。
ここで紹介した認知特性に配慮した支援方法はまだまだほんの一部です。国語や算数など教科別に支援する方法をさらに細かく解説した記事もありますので、もしよければそちらもご覧ください。
LDに対しての支援方法が解説してありますが、LDへの支援方法は万能型であり、LDが分かる学習指導方法は、ほとんどの特性をもつ子どもが分かる指導方法といっても過言ではありません。
是非、お子さんや子どもの困り具合に応じて、色々と試してみてください。
まとめ
今回は様々ある認知特性の一部の特徴と、それに対応した学習支援の方法を紹介しました。
最も大切、且つ、全体を網羅できるのがユニバーサルデザインの授業や支援方法です。
視覚情報も聴覚情報も入れる。全体像を示しつつも、細かい手順も確認する。そして、手本や例示を心がける。
そのようなことを常に意識して教えたり、支援したりしていく内に、次第にそれが当たり前となってきます。すると、気付かない内に、困り感が減っていることに気付くと思います。
また、多感覚指導のように、「見る+聞く」「書く+説明する」といった使う感覚、アウトプットの方法を複数組み合わせることによって、吸収率は格段に上がります。
まずはユニバーサルデザインを意識し、その後で、さらに本人に分かりやすい方法をじっくり探っていってほしいなと思います。
認知特性を知ると同時に、ワーキングメモリーについての理解を深めておくことも、とても意味があります。記事のリンクを貼っておくので、よかったらご覧ください。
この記事が「よかった」「ためになった」と思われた方がいたら、SNS等にシェアしてくださると有難いです。
最後まで読んでくださりありがとうございました!
コメント